空を見上げて、コロナの自粛が続く中あの人はどうしているだろうとふと思った。
どうやったら会えるだろう?
今更会うのも怖いような気もするが、もう一度ちゃんと見送りたい気持ちもある。
ってことで、少し昔にあった話をしてみよう。
その人は私の得意先である某会社の中にある待合室みたいな所に座っていた。
担当者に少し待つように言われた私は、その待合室でその人に会った。
時々見かけていた人ではあるので、挨拶をして横の席に座った。
社員が一人でここにいる事は珍しいのでなにげなく「アレ?今日はどうされたのですか?」と声をかけた。
簡単に言うと定年退職になったので何かしらの事務手続きを待っているというような話。
それにしても仕事場ではなくポツンと一人で無人の待合室に座る姿は何か物悲しく、“袖振り合うも多生の縁”という事だとアレやコレやその人の聞かなくてもいいような人生に踏み込んでみる。
そういう一期一会が好きなのだ。
その人の話はアメージングだった。面白かったのだ。
その人の人生が面白いのではない。その人の理解力が面白かったのだ。
以前は夫婦で経営している企業に勤めていたという。
そこの女社長はとにかくやり手で様々な事業に手を出してたのだそうだ。
飲食から様々な電化製品の販売、清掃業、警備、倉庫業務 等々…。
「それは派遣業じゃ無いのか?」と気がついたのだが、口には出さなかった。
そこで清掃業務についていた彼は清掃のチーフに殴る蹴るの暴力行為を受けて退職せざるを得なかったという。
以前この会社で僕が打ち合わせをしている時に彼が「ちょっとしっかりしてくださいよ!」と若い同僚に説教されているのを見た事があるのを思い出した。
あぁ、アレの過激版を昔経験したと言うことなのか…と思うと何だか切なくて泣きそうだった。
「でもここでは無事定年まで勤務できて良かったですね。」というと、彼は定年延長を申し出たが却下された事を憤慨していると話した。
「今日だってね、定年はまだ一月半も先なんですよ。私はこのまま終了日まで頑張って働きたかったんですよ、なのにね…」と言うので、なんだか切ない話がまた始まったと身構えました。
何かあったのですか…?と先を促すと彼はこう続けたのだ。
「有給休暇が40日以上残っているので消化してください。って会社に言われたんです。」と、さもそんなもの要らないっ!ってな風に。
私はつい「それは消化してくださいよ。休んでて給料もらえるうえに、まだ先が決まってないなら就活も出来るじゃないですか。」と言った。
はぁ…と彼はまだ納得できない風ではあったが、とりあえずは九州に一人で住んでいる母親に会いにいこうかなと言う。
今年の正月まではヘルパーさん同伴でこちら(関西)まで盆と正月には会いにきてくれたがさすがに体力的に厳しくなってきたから自分が行かなくてはならないかもしれないと言う。
ヘルパー付きでの来阪!?歳を聞くと90歳だという。 え?
生涯独身だった一人息子が心配でならないのだと彼は言う。そりゃそうだろ。
色々と驚かされる真実が目の前のおじさんの口から紡ぎだされていく。
それほど親しくも無い人に偉そうに説教モードになってしまった。
盆と正月数日間会えたとしても90歳の母親と通算あと何日人生を一緒に過ごせますか?と。
残酷なようだけどそれほど残されていないのじゃないですか?と
それは行くべきでしょ…と。
はぁ…とまだ納得できない事がいっぱいあるような彼は、やってきた総務の人物らしき人からひとしきり説明を受けて、暗い寒空の下へ出て行った。
背は丸くなり歳以上の老け感をまとい、やせ細った彼は最後に話した私にも会社の総務にも何も告げずに暗闇の中に消えていったのだ。
後ろ姿が闇に消えたタイミングで必要以上に能天気なテンションの担当者が登場して私は無性にこの担当者が嫌いになったのだ。
闇に消えた名も知らぬ猫背のオッサンにほんの少しの幸あれと願う。
このコロナの中あの人はどうしているだろう。